本来、大学は研究者の卵を育てるための「学問」をするための場所でした。学問とは、「自ら問うて学ぶ」、主体的な学びを意味しています。そのため、大学生は、生徒とは区別して、主体的に学ぶ存在として「学生」と呼ばれてきました。
一般に、学生は専門分野に分かれ、自分が研究者を目指す分野の先人の叡智の継承を目的として学ぶことになります。ここで重要なのが、なぜ、専門分野に分かれる必要があったのかということです。それは「科学」とは「分けた科ごとの学」を表すと言われることがあるように、目の前の現象全体をそのまま理解することが難しかったため、現象を分解して、特定の領域を「狭く・深く」掘り下げて追及することで、世界の謎を解き明かそうとしてきたことに由来します。例えば、会計学も社会科学の一領域であり、情報提供の在り方について追及しています。
そのため、大学の学びはそれぞれの専門分野が「深く・狭く」独立して成り立っているので、他の分野の知識とどう関連し、全体としてどう考えるかという総合的な学びの機会は多くありません。また、大学は研究者の卵として、「過去にこのようなことが明らかになった」という歴史的な事実の継承を受けることが中心であり、「その知識を実社会でどう使うか」という使い方を学ぶ機会が多くないのです。
しかし、現実的には多くの学生が、研究者の卵ではなく、社会人になる最後の教育機関として大学に進学しており、この総合的かつ実践的な学びを期待して大学の門を叩いていることが多いのです。これはどこの大学がどうこうの問題ではなく、大学という制度と学生の期待との間に完全な期待ギャップがあるということです。大学に行ったけど意味が無かったという声が、世の中に多い理由の原因はここにあるのだと思います。
栗原ゼミのカリキュラムは、この期待ギャップを具体的に埋め、「①単なる知識の山から、実際に使える課題解決力に変える」ことを最低ラインの成果として設計されています。何故、これが最低ラインかと言えば、課題解決能力は今後10年程度で、生成AIとの関係で大幅に陳腐化するからです。
そのため、AI共生社会を前提に、「②現実の世界から問題を発見し、課題を設定する力」「③複数の解決策の中から、最も望ましいものを選択する力」を育てることを目的としてカリキュラム設定を行っています。AIをテクニカルに扱う教育プログラムは、徐々に広まりつつありますが、AIとの共生社会を前提とした人の在り方を取り扱う②③はグローバルに見てもMIT・Stanford・Harvardなどで行われている先進的な取り組みです。
当然、栗原ゼミは独立した教育機関ではなく、個人的な運営に過ぎませんので、グローバルなトップレベルの大学院と総合的な教育能力は比較できませんが、方向性やコンテンツ単体で見れば、同様の方向性にある内容となっています。
大学在学中という限られた期間では、②③については「種を植える」ことしか出来ない可能性がありますが、①については、本人の取り組み次第ではあるものの、ある程度「実感できるレベル」にはなると思います。
なお、大学教育において、ゼミは「ゼミ生の主体的な態度」を原動力として運営されるものと位置付けられています。栗原ゼミの教育コンセプトは上記の通りですが、それを実行するのはゼミ生の意思です。栗原ゼミでは、ゼミを「就職前の最後の教育の砦」と位置付けています。社会に出れば、私達は自己責任で行動することが求められます。そのため、自己責任とは何かを明確に定義した上で、社会に出る前に「自己責任で学ぶ」体験をしてもらいます。
栗原ゼミでは、ゼミ生に「やりなさい」といった管理をするつもりはありませんし、卒業後の栗原ゼミアルムナイへの参加も完全な任意です。
栗原ゼミへの入ゼミ希望者は、「育ててもらう」のではなく「自分で伸びる」ための場所を得るために参加するという意識が必要となります。
① 3年次プログラム
3年次では、特化した専門性と幅広く企業を俯瞰する能力を得るために、それぞれの訓練を行います。具体的には、専門性はアカウンティング分野で、俯瞰する力はマネジメント分野で分けて学び、訓練します。
3年次のプログラムは基本的に「事例検討形式」で行います。アカウンティング分野では、「実際の企業の状況」を説明する事例と「財務諸表上の表示」の関係を、企業会計原則や企業会計基準を前提に分析します。その目的は、講義の財務会計論で学んだ知識を前提に、現実の企業の経営実態を会計のルールを用いて、自在に財務諸表上の表現に翻訳し、また逆に、財務情報から企業の実態を再生し、その内容を語れる力を養成することです。会計領域は実務的には、書類作成の経理と情報を用いて資金調達を行う財務がありますが、特に財務領域の能力を実装するためのプログラムになります。栗原ゼミは、基本的に財務会計を専門領域とする専門ゼミとして、大学の制度上位置付けられているため、財務会計の専門性をしっかりと磨いていきます。
マネジメント分野は、理念・戦略・組織・人・会計を横断的に学ぶ学際的プログラムを行います。現実の企業が抱える経営課題は、特定の学問領域に切り分けられるものではなく、様々な要素が複雑に絡み合っています。このプログラムでは、最初はシンプルな事例から、徐々に複雑な事例に移行していきます。最終的には、現在の企業が抱える大きな課題である「不確実な環境下への対応」を取り扱います。これらの内容を学ぶことで、様々な環境下における企業経営上の課題に対して「解決の要点」を特定し、実際の「解決案」を考える力の基礎を得ることが出来ます。課題解決能力そのものは、AIによって陳腐化していきますが、この解決の要点を特定し、具体的な解決案をコーディネートする能力は、むしろAIと組み合わせることでこそ武器になる力です。このプログラムでは、特にこの「解決の要点」を見つける力を育てることに重点を置いています。
② 4年次プログラム
4年生では、卒業研究と連動し「良い企業とは何か」という抽象的なテーマについて考えます。3年次に課題の要点分析と解決能力を育て、4年次では「問題発見と課題設定能力」「解決策の選択能力」の種を植えるためのプログラムを行います。
問題発見・課題設定力を高めるとは、「他の人と同じもの見ていても、他者が認識できない問題や課題が、自分には見えるようになる」ということです。問題発見・課題設定力の源泉は、「多分~だろう」という自分なりの基準と現実とのズレによって感じる違和感(予測誤差)です。そもそも、自分の中に基準(分析の基礎)が無ければ、違和感を感じることが出来ず、疑問のきっかけが自分の中に生じないのです。この能力は、経営というより、教養に属する領域の能力ですが、哲学や社会学の知見を援用して「良い」という抽象的な概念と向き合い、自分なりの判断軸を作ることで、問題発見・課題設定力を高めることを目指します。
具体的なプログラムとしては、ディスカッションと文章化を行います。まず、「ある視点から見れば良いことが、別の視点では良くない」という結論を導きやすい事例の検討を通じて、何気なく使っている「良い」という言葉に、階層性や多様性があることを実感してもらいます。具体的には、「トロッコ問題」といったシンプルな内容から、少し専門的な「資本主義の功罪=経済成長と格差」や「ホワイト企業と成長機会=楽なことは良いことか」などを題材として用いて、様々な視点から分析を行ってもらい、「良いとは何か」を考えるきっかけを作ります。一見すると、この内容は財務会計から大きく外れているように見えますが、実際には会計の最も重要な「認識」という論点を拡張したものであり、これらの検討が結果的に会計的な高い学習成果を出すための下地となるのです。
これらの検討を踏まえ、卒業研究として「自分なりの“良い”を定義し、それを現実の世界から識別するための要件化し、実際に文章化する」という在学中最後の仕上げを行います。なお、この文章作成においては、生成AIの適切な使用法の指導を含め、積極的にAIを活用してもらうことを想定しています。なお、在学中に作った判断軸は、自己の成長と共に更新されていくことになります。しかし、一度、自分で判断軸を構築し、世の中の現象を分析するという経験をすること自体に大きな意味があります。何故なら、与えられるのではなく、自分で作り上げた判断軸は、自己の成長に伴い、自分の力で更新していくことが可能だからです。
現代社会で重要だと考えられてきた「課題解決力」とは「既に明らかになっている課題」をどう解決するかというものに過ぎません。しかし、AI共生社会の到来を踏まえ、今後は課題解決そのものを人間が担う価値は急速に後退します。当然、3年次に学ぶような課題に対する「解決の要点」を設定する力はAIに代替不能ですが、社会的により重要なのは「AIに何を解決させるか」を考える力です。4年次に行うプログラムでは、様々な視点を育て、物事を多面的に解釈し、それを評価できる力を育てることを通じ、この問題発見・課題設定能力の種を植えることを行います。