現代社会は、AI技術の発展や価値観の多様化などにより、予測不能な変化の中にあります。
重要なのは「予測不能である」という感覚が、新しい技術等の影響により、安定していた社会の様々な要素の関わり方が崩れ、複雑に相互作用が始まることで、未来が原理的に予測困難な状態になりつつあるという科学的な事実であるということです。
しかし、これは悲観的な状態ではなく、「予測して準備」という安定した状況の対応から、「環境変化に対して柔軟に対応できる環境適応力を上げる」という予測困難な状況への対応に切り替えることで、適切な対処が可能なものに過ぎません。
環境適応力を上げるとは、個人の力で環境に立ち向かうのではなく、異なる個性や視点を持つ者同士が深く結び付き、チームとしての総合力で状況に向き合うというアプローチを採ることです。
栗原ゼミコミュニティは、この前提に基づき、「不確実な時代を生きる学生と卒業生が互いに学び合い、支え合うための知的ネットワーク」として機能することを目指して運営されています。
栗原ゼミコミュニティは、次の2つのグループから構成されています。
「アルムナイ(Alumni)」とは、ラテン語 alumnus(「育てられた者」「弟子」)に由来する言葉です。日本語では「卒業生」「同窓生」に近い概念ですが、欧米の大学では、単なる同窓関係ではなく、「卒業後も知を共有し合う学びの共同体」を指す語として用いられています。
従来は「OB会」という表現が一般的でしたが、Alumni は性別を問わないジェンダー・ニュートラルな表現として現代英語では定着しています。栗原ゼミでは、この包括的な概念を尊重し、OB・OGという性別区分を用いず、すべての卒業生を受け入れる包括的な呼称として「栗原ゼミアルムナイ」としています。
前提として、私は「エリートを育てる」という目的で教育を行っているわけではありません。私は信念として、社会は幸せな人間が集まることで幸せになるのであり、幸せな社会のために人間を道具として扱うべきではないと考えています。私にとって、教育はあくまで「学生本人」のために行うものであり、社会の豊かさは結果に過ぎません。
一方で、教育を行う側の私自身の立場としては、「教育者として誠実でありたい」と考えています。ここでいう誠実とは、英語圏でいう「Integrity」であり、単なる意志の問題を超え、「自らの行為の結果に対して責任を引き受ける覚悟」を教育者として持つという意味です。そのため、私にとって教育とは、単なる熱意で行うべきものではなく、合理的に設計されるべきものとして位置付けられています。
このように述べると、私の教育は「エリート養成思考」と誤解されるかもしれませんが、これは私にとっての覚悟の問題であり、学生に成果の期待を押し付けるつもりはありません。
私の教育は、科学的根拠に基づいて目的合理的に設計された、成果のコントロールが可能なプロセスであるという前提で行われています。これを文章として可視化するのは、文系の学問・科学が単なる机上の空論ではなく、具体的なツールとして現実に影響を及ぼせるということを学生や社会に示すこと自体が、学生の学びへの好奇心を刺激することに繋がり、また社会科学のサイエンティストとしての役割でもあると考えるからです。
一方で、「そもそも何を目的・成果として設定すべきか」という問いに関しては、哲学という先人たちの叡智との対話を通じて、コミュニケーション合理性(目的設定の妥当性)を探求しています。これは専門家である以前に教養人としてあるべきという私の姿勢を具体化したものです。
すなわち、私の教育設計は、教養と科学の融合によって、合理的に構築された体系であり、私自身の在り方を学生に見せることで、学びの先にある「教養×科学」の成果を可視化された形で伝えることを意図しています。私がプロ講師として教壇に立ってから約25年、予備校や大学、実務家教育の場において、延べ一万数千名を超える学生・社会人を指導してきました。その経験と教養・科学の知見を総動員して設計されたのが、現在の栗原ゼミコミュニティの形だと言えます。
この教育設計の基盤には、生成AIの設計原理や性能的限界の分析、AIを動かすための計算資源やそれを支える電力の制約、そしてそれらの制約がどの技術によって、どのタイミングで克服されるかという技術進化の見通しがあります。また、生成AIが社会に浸透していく過程で生じる人間の在り方の問題については、哲学的観点からその意味を解釈し、新たな時代に適応するための教育プログラムとして具体化しています。
ゼミ生のモチベーション管理としては、人間の好奇心のメカニズムを神経科学的に理解し、学習意欲を引き出す仕組みを設計しています。また、思考の瞬発力、すなわち直感力の強化は、認知科学や行動遺伝学の知見を応用して体系化しており、さらに不確実な環境下でどのようにして勝ち筋を見出すかについては、複雑系科学や創発戦略、イノベーション・マネジメントの理論を適用し、設計に落とし込んであります。
栗原ゼミは、教員とゼミ生の情熱をスタートラインとし、そのエネルギーの発散方向を哲学によって導き、成果への変換効率と持続性を科学的に最適化するための具体的なプロセスとして設計されています。興味のある方は、このゼミで、共に学び、考え、挑戦していきましょう。
栗原ゼミは、単なる授業としての関係を超え、学生が望めば生涯にわたってつながり続けられる学びの共同体(栗原ゼミコミュニティ)を目指しています。2025年10月現在において、これまでに現役生と卒業生を合わせて100名を超えるゼミ生が誕生しました。近年では、卒業生のみを対象とした勉強会にも毎回20名以上が参加しており、「生涯の関係性を築く」という栗原の思想が、具体的な活動として実現し始めています。多くの若者たちが世代を超えて時間と価値観を共有して交流を続けており、その場に関われていることを非常に嬉しく感じています。
一方で、栗原ゼミの発展とともに、今後の運営体制についても見直しの時期が近づいています。
栗原自身も2026年には50歳を迎えるにあたり、コミュニティの持続可能性の観点から、栗原個人に依存した属人的な運営からの脱却が課題となっています。栗原ゼミの今後を見通すと、栗原の年齢的にも25〜27期生程度までの在学生受入れ運営が現実的なラインとなりますので、その後は、栗原ゼミコミュニティ=栗原ゼミアルムナイとして、卒業生だけで構成されるコミュニティになっていきます。
そのため、今後は「栗原ゼミ第2フェーズ」として、栗原ゼミアルムナイを卒業生自身が主体的に運営できる自律的な体制へと移行していくことを目指します。理想的には、栗原が関与しなくても、栗原ゼミコミュニティにおいて、卒業生同士が互いに支え合い、学び合い、助け合える関係が自然に機能することを目標としています。この新しいフェーズへの移行には、安定までに数年単位の期間が必要になると考えていますが、まずは10期生のメンバーを中心に第2フェーズの実現に向けた仕組みづくりを進めていく予定です。
現役生と卒業生の双方が互いの知と経験を共有し合えるような形を模索し、栗原ゼミコミュニティ全体の学びの循環を強化していきます。
受入れ上限と考えられる27期生を前提とすると、12期生から15期生はこの構想の中間に位置し、現役生と卒業生をつなぐ重要な世代となります。
そのため、12期生以降のゼミ運営では、これまでよりも少人数での深い対話を重視し、従来のゼミ生同士のディスカッション中心型の運営に加え、栗原との個別対話や卒業生との連携を強化する形へと移行していきます。
これらの取り組みを通じて、栗原ゼミコミュニティは「不確実な世界を生き抜くための助け合いのネットワーク」という理念を体現し、すべての参加者にとって知的・人間的な財産と思えるような、持続的な共同体であることを目指していきます。